ゼネコンとゼネコン社員には工事現場で実際に施工する末端業者や技術労働者の姿はほとんど見えない。日常的に彼らの存在を意識しなくても済んでしまう仕事の仕組みになっているからである。ゼネコン社員が下請けと言うときの下請けとは、つねに一次下請けでしかないし、元請け社員の名札を付けていれば聞きたいことがあっても、万事、一次下請けの人間がやってくれるからである。私も若い頃、現場で下請けの人たちと馬鹿を言い合ったりした経験があるが、ほとんど人間的に深い付き合いをしたのは一次下請けの人だったように思う。
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おだててくれ、適当に遊んでくれるから自分もなんとなく下請けのことをわかったつもりになっていたが、実際は何もわかっていなかったのだと思う。一次下請けの人自体も二次下請けはわかるが末端の下請けまではわからないからだ。この縦の「系列社会」が、しかも、自社の利益を下部の構造から吸い上げていくシステムが、同じ社会の企業や人間でありながら、下部の構造をまともな目では見られない性格を作りだしたのだと思う。